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米国知財事情 |
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世界史を動かした知財法
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第4回 英国専売条例 (その2:ジョン・ロックの思想) 1623年に発効した英国専売条例は、王権神授説を唱えるジェームス1世と民主制を目指す議会との間の激しい確執を経た妥協の産物であった。 議会にとって最も重要な課題は、王の特権による独占権の乱発を防止する点にあった。一方、ジェームス1世は、独占権の根源が王の恩恵であることを明記する点に固執した。結局議会は、独占権の根源について妥協することによって、独占権の対象を新規の発明を生み出した真の発明者に限定する制度を確立した。 新規性が独占権の基本的条件であることを明らかにした故、専売条例は近代特許制度の原点と評価されている。 だが封建思想の色の濃い社会の下で生まれた専売条例は、一般市民の間における関心は薄く、制度の利用は工場を経営する一部の商人や地方地主たちに限られていた。事実、当初の100年間に発行された特許の数は、総計800件に満たない。 ところが18世紀半ば以降、英国に大型の発明が続々と誕生する。代表的な特許をまとめると次のとおりである。
1735年 アブラハム・デイビー コークス製法 1764年 ジェームス・ハーグリーブス 多軸紡績機 1765年 ジェームス・ワット 蒸気機関 1768年 アークライト 水力紡績機 1774年 クロンプトン ミュール紡績機 1785年 カートライト 力織機 1814年 ジョージ・スティーヴンスン 蒸気機関車 1821年 マイケル・ファラディ 電磁コイル
初期においては紡績・織物技術の機械化による大量生産、ついで、蒸気機関を中心とする動力装置の効率化によって、英国は軽工業から重工業まで技術の世界を圧倒する。 ここで特徴的なのは、様々な産業界に生まれた発明の相互関係である。例を挙げれば、冷却装置を分離することにより、パワーアップされたワットの蒸気機関を紡績機に応用することにより、紡績工場は水力源(河川)から開放されて、どこでも操業が可能となる。コークスを活用することにより強化された鉄鋼を用いることによって鉄道網が敷設され、商品は蒸気機関車で全国に配送される。ファラディの電磁コイルを活用した電動モーターによって、さらに小型で強力な動力源が生まれ、あらゆる工場が効率化される。 後に産業革命と名づけられた技術革新の激しい波に乗って、ヨーロッパの片隅の小さな島国は、一挙に大英帝国にのし上がるのである。19世紀初頭には、世界における生産活動の40%以上が英国に集中し、「世界の工場」と称されるのである。 上記の歴史的な大発明がすべて、特許の対象とされているところから見ても、産業革命において特許制度が重要な役割を果たした事実は否定できまい。疑問が残るのは次の点である。 当初の100年間、ほとんど利用されることのなかった専売条例が、18世紀後半にいたり突然大きな実りを見せたのは、何故であろうか? この疑問を解く鍵は、自然権論者として知られる思想家ジョン・ロックにあると思われる。彼の生きた時代を振り返ってみよう。 1632年、英国リングトン市に生まれたジョン・ロックは、オックスフォード大学で哲学・政治を学んだ後、科学と医学を修め、チャールス2世と対立するシャフツベリー伯爵と行動を共にする。1683年、独裁政治に異議を唱え市民の権利を主張するロックは、王の軍隊に追いつめられ啓蒙の地オランダに逃げる。 ロックは主張する。人は神に許された自然権として、生命、自由、そして財産を所有する権利を持ってこの世に生を受ける。これらの権利を保証する政府のみが市民の信託を得て、国を管理する権限を与えられる(信託権)。つまり、政府は市民の合意を条件に支配権を認められる。逆に、市民の権利を守ることができなくなったとき、政府は存在の根拠を失い、市民は政府に抵抗する権利を保有する(抵抗権)。社会契約説である。 長期にわたる封建制度の支配が続く社会の中にあって、市民による政府に対する信託権と抵抗権を主張するロックの思想は画期的であった。王家にとっては危険な存在である。 人々はロックに尋ねた。個人に財産の所有権を認める根拠は何か? ロックは答える。奴隷でないかぎり、自己の肉体が個人の所有に帰することは明白である。その肉体を用いて得た労働の成果は財産として個人に帰属すべきである。いわゆる労働理論(Labor Theory)である。 ロックの説く政府に対する抵抗権は徐々に英国市民の間に浸透していった。税率の改悪をきっかけに、ジェームス2世の圧制に悩む英国市民は議会を中心に抵抗権を行使した。市民の団結は固く、ジェームス2世は王位を断念し、フランスに亡命した。代わってオランダ王家に嫁いだ王女メアリとウィリアム王が王位を承継し、ここに無血の名誉革命が成立した。1688年のことである。 その後ロックの自然権思想は、労働理論を奨励するピューリタン(清教徒)の活動と共鳴し、個人の財産権を中軸に英国社会に深く根付いてゆく。その延長線を辿れば、発明を知的労働の成果として個人の財産と認める動きが見えてくる。こうして18世紀後半、社会に定着した知的財産権制度に基づく旺盛な発明活動が英国産業革命を引き起こすのである。 ロックの築いた自然権思想は、米国独立運動におけるリーダーの一人、トーマス・ジェファーソン(第3代大統領;初代特許局長官)に引き継がれ、独立宣言の草案、さらに米国特許法の立ち上げに強い影響を及ぼす。また、特許庁(専売局)長官として日本の知財制度の普及を先導し、後に総理大臣に就任する高橋是清もジョン・ロックとトーマス・ジェファーソンの思想に強く触発されたという記録が残されている。従って、知的創造を財産として評価する近代知財制度の思想的基礎は、ジョン・ロックを源流とするものと解して差支えあるまい。 次号において、英国専売条例を取り巻く経済事情、そして技術的背景について考察してみよう。 (次号に続く) ILS月刊ローヤーズ(9-30-04)
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