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米国知財事情 |
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世界史を動かした知財法
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第1回 ベネチア特許法(その1) 歴史に残された最古の知財に関する制度は、ベネチアで制定された特許法とされている。1474年のことである。 ベネチアは、現在のイタリアの東北部にあり、四国とほぼ同じ大きさの面積を占める共和国であった。ベニスとして知られる都市を中心にアドリア海に接する臨海地域であり、海洋貿易で栄えた国である。海洋貿易に限らず、ガラス・銀・皮等の加工技術に優れ、工芸技術に関する水準は、当時のヨーロッパの先端に立っていた。特に、ムラノ島に発展したガラス製工芸品に関する技術は圧倒的であった。 そのベネチアになぜ史上最古の特許法が誕生したのであろうか?主たる要因は、三つあるように思われる。 第一に、ベネチア人の持つ優れた創造性である。ベニスを訪れた者は誰でもこの町の不思議な都市構造に魅了される。大運河(カナル・グランデ)を中心に網の目のように張り巡らされた小さな運河の流れ、その周辺にびっしりと立ち並ぶ石造りの建物、そしてそれらの街並みを繋ぐ無数の橋・・・箱庭のような印象である。極端に狭い道路、そして小さな太鼓橋の故、自動車は入り込む余地がない。一般の交通は、ゆらゆらとのんびり動くゴンドラが頼りである。ヨーロッパのどの都市にも負けない魅力に溢れているものの、機能的とは言いがたい。この機能を無視した都市計画は、一体どのように構築されたのであろうか。 軍事である。北から押し寄せる異民族の襲撃に常に悩まされていたベネチア人は、北方民族の騎馬隊が入り込むことのできない不落の砦を考案した。それが運河と橋を迷路のように巡らせた箱庭のような都市の設計であった。騎馬隊に限らず、外国の戦艦も狭い運河には入れない。それまでのヨーロッパのどこにも見られない新規性と独創性に溢れた考案ではないか? さらに芸術性と機能性が見事に調和したガラス製品、銀製品、皮細工、また中世ヨーロッパ上流社会のファッションの華と呼ばれたレース織の技術と意匠に見るベネチア人の持つ優れた創造性は圧倒的であった。 第二に、近隣諸国との経済的対立である。当時(15世紀)のベネチア共和国の地図を見れば、南にはフィレンツェ共和国、西にはミラノ公国さらにジェノバ共和国、東には海洋貿易の宿敵トルコ・・・しのぎを削る近隣諸国との経済競争は激しさを増すばかりであった。特に14世紀来、ルネサンスの先頭に立つフィレンツェ共和国は、巨大な財閥メディチ家の支持を背後に目覚しい発展を遂げ勢力を拡大した。 近隣諸国との経済戦争に疲弊したベネチア共和国は、経済政策の転換を迫られた。ベネチア経済を本格的に立て直すためには、製造業の強化を中心とするドラマティックな新政策の導入が必要であった。 第三に、工芸技術者の国外流出である。ムラノ島を中心に独自のガラス加工方法を育てた技術は、ベネチア共和国における最大の安定した収入源となっていた。ところがベネチアのガラス産業は、熟練技術者たちの他国への流出によって危機を迎えていた。近隣諸国によるヘッド・ハンティングである。 それまで独占的に育ててきた技術が国外に分散すれば、ベネチアの競争力の低下は避けられない。ガラス吹き職人の国外脱出を禁ずる法制が敷かれた。だが厳しい鞭打ちの刑の網を潜って他国へ脱出する技術者の数は減らなかった。 鞭で効果がなければ、飴を与えなければなるまい。技術者にとっての飴は一体何であろうか。 ベネチア人の創造性は、この問題をいかに解決したのであろうか? 1474年3月19日、ベネチア共和国元老院(Senate)は、内閣に相当する10人委員会を中心に実に画期的な制度を考案した。新規の技術を開発した者に独占権を付与する特許制度である。元老院の記録によれば、次のような記述が残されている。 「発明・発見の才能に恵まれた人々がいる。もし、発明者達から彼らの名誉が奪われないように、新規かつ独創的な発明品を保護する法令を定めるならば、さらに多くの人々が社会のために優れた発明品を創造するために、彼らの才能を活用することになるであろう」 元老院の定めた特許制度は、手続的には未熟であったものの、つぎの点において近代特許法の基本的特徴を備えた進歩的な社会制度として評価すべきであろう。 (1) 新規かつ独創的な技術に限られる (2) 特定の期間(10年)に限られる (3) 特許は、公式記録として政府機関に登録される (4) 侵害判定は裁判所に委ねられる この特許制度以前に、イタリア、イギリス、エジプト等の諸国において、特定の商品(塩、絹、杉材等)に関し、独占販売を認めた特許状が発行された例は珍しくない。史上最古の特許状は何と紀元前5世紀、ギリシャ地方における高級食器の意匠に関し、1年間の独占権が与えられた記録が残されている。だが、これらは国王から恣意的に付与された政治的特権であって、社会制度として一般市民に公開されたことはない。 元老院の意図は見事に花を咲かせ、ベネチア特許法は、工芸技術者たちの創作意欲を強く刺激した。ベネチア経済は急速に活性化し、16世紀には対立するフィレンツェ共和国を圧倒し、ヨーロッパ経済の主流として成長を成し遂げた。 知財立国政策の走りと言ってよいであろう。
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