米国知財事情

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ステート・ストリート銀行事件

            1998年7月、米国連邦高裁は、大型投資管理に関するビジネス方法に特許を認める画期的な判決を下した。ステート・ストリート銀行事件と呼ばれるこの判決は、経済界にとって一つのターニング・ポイントとなったようである。事実その後、ビジネス・モデル特許を主役とするアマゾン・ドット・コム、プライス・ライン社、デル・コンピュータ社等の急成長が経済界に与えた刺激と影響は、計り知れないものがある。

            いわゆるE−コマース関連企業が先導する形で始まったビジネス・モデルの開発競争は、急速にその範囲を広げ、次々と新たな形態のビジネス方法を生み出し始めた。この動きは、米国に限らず、日本そしてヨーロッパ諸国の経済活動にも影響を見せ始め、ビジネス・モデル特許をめぐる大型訴訟が続発した。

            特に注目を集めたのは、ワン・クリック方式のE−コマースで急成長を遂げたアマゾン社によるバーンズ・アンド・ノーブル社に対する提訴である。この事件は、昨秋、驚異的なスピード審理で仮処分決定が下され、アマゾン社はワン・クリック方式に関するビジネス・モデル特許で最大のライバル企業をねじ伏せた。

            ところが、アマゾン社の圧倒的な勝訴判決は、経済界にビジネス・モデルに対する深刻な危惧を招く結果となった。ビジネス・モデル特許の権利範囲はあまりに広すぎる。産業がビジネス・モデル特許によってすべて独占されてしまうのではないか。このため激しい批判論が渦を巻き、今春にはアマゾン社に対するボイコットにまで発展した。ビジネス・モデル特許の行方は不鮮明となった。

            だが今、批判論は急速に陰をひそめ、ビジネス・モデル特許は長期化の様相を呈する。なぜだろうか。

            きっかけとなったのは、アマゾン社に破れたバーンズ社の以外に早い立ち直りである。バーンズ社は、アマゾン社の特許権を回避するために必死で設計変更に取り組んだ。ワン・クリック方式がだめならば、ツゥ―・クリック方式ではどうだろう。このあまりに単純とも思える設計変更を試したところ、ユーザーの反応は驚くほどに良好であった。低迷していた業績は、既に回復した。限りなく広く見えたビジネス・モデル特許であっても、真剣に対応すれば設計変更による競業の余地があることが、バーンズ社の経験で実証されたわけである。

            他社が優れたビジネス・モデル特許を持つならば、さらに優れたビジネス方法を考案し、互いに切磋琢磨すればよいではないか。米国経済界における認識は、ビジネス・モデル特許を積極的に活用する方向に向かい始めた。

            その中にあって、特に激しい動きで注目を集める分野が三つある。

第一に、電子決済、ローン管理、そして投資システム等の金融ビジネスである。中でもシティ・バンクの開発した電子マネー・システムは、その高度の管理技術と実用性、そして強力なパテント・ポートフォリオで未来の世界金融ビジネスを先導するものと予測される。シティ・バンクの狙いは、電子マネーの標準化であろう。これが実現するとき、シティ・バンクは、世界の金融活動の中核を占めることになる。ちょうどマイクロ・ソフトが世界のコンピュータの基本ソフトを掌握したように。

第二に、ビジネス・モデル特許は、伝統的な製造業者を動かし始めた。特に、部品調達、修理管理、そして資金回収に関する無駄な経費と時間は、ビジネス方法を工夫することによって驚くほどに改善される。現に、デトロイトのビッグ・スリー、ゼネラル・エレクトリック社、コカコーラ社等は新たなビジネス方法を採用することにより、大幅な経費節減を実現した。これらの企業は、部品調達に関する優れたビジネス方法を導入することにより、約30%に及ぶ経費の節減に成功した。トヨタ自動車によるカンバン方式の特許化は、日本の製造業によるビジネス・モデル特許の代表である。この動きに乗り遅れるとき、製造業が生存競争に生き残ることは困難であろう。

            第三に、意外なところで、トラック、飛行機、貨車による配送および倉庫業に関する物流システムが興味を引く。トラック輸送に例をとれば、日本の市場規模は、何と12兆円に達する。ところが、伝統的な輸送業界の構造では、帰路の空車率は約50%と異常に高い。事情は、貨車、飛行機も同じである。この無駄はコンピュータ管理を導入することにより解決可能であろう。世界の大手企業がこの課題に取り組み始めた。だが、この分野では、日本の某ベンチュア企業がすでに30件に及ぶパテント・ポートフォリオを構築して先行する。組織は小さいが、ビジネス・モデル特許に賭ける意気は高い。逆オークションで一躍名を挙げたプライス・ライン社の日本版といったところである。倉庫業に関しては、専門のEMC社の株価が過去6年間で600倍にまで急騰した事実を背景に、IBMとサンマイクロ・システムのごとき大手が最先のコンピュータ管理技術を武器に倉庫業に参入した。

            ビジネス・モデル特許は、今始まったばかりである。だが、そのあまりに急激な社会変化を短期の一過性の現象と見る伝統的な企業も少なくない。もし嵐のごとく過ぎ去って行く現象ならば、首をすくめて去るのを待てばよい。だが、先行する米国の動きを観察するとき、ビジネス・モデル特許は、歴史のターニング・ポイントとなって、長期的に世界経済を先導するものと予測される。世界の経済構造は、今、確実に変化の途上にあるものと思われる。

            世界の歴史はこれまでに同種の体験を重ねてきた。18世紀の英国では、それまで禁止されていた方法に関する発明に特許が与えられた。米国では、1900年代の電気回路、1980年代には、微生物(バイオ)、そしてコンピュータ・ソフト…それまで特許を禁じられていた発明に特許を許すべきかいなか、いづれも激しく争われた結果、特許が認められた。これらの発明が産業を活性化し、さらに新しい産業の誕生を生み出したことに疑問の余地はあるまい。

            今、ビジネス・モデル特許は社会の認知を待っている。

変化に目を閉じて、じっと待つ企業、あるいは戸惑いながらも、ビジネス・モデル特許に真剣に取り組む企業。果たして、どちらの対応が正しいか、歴史が明らかにするのは意外に早いのではあるまいか。

            「自然の選択による種の起源」で進化論を唱えたチャールス・ダーウィンは、こう述べた。

            「この世で生き残る生き物は何だろう。一番強い奴か、あるいは頭の良い奴か。いや違う。変化に対応できる生き物だ」

                                                            (完)

 

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