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ビジネス・モデル特許と日本企業

批判論の衰退

コンピュータを中核に進展中のIT革命は、国際社会に驚嘆と戸惑いが混在する微妙な反応を生み出した。

中でも米国を中心に急速に拡大しつつあるビジネス・モデル(BM)特許の出現は、従来の純粋技術を要件とする特許と異なり、ビジネス方法そのものに独占を許すため、一般企業による経済活動が阻害されるのではないかとの懸念が深刻である。

特に、ワン・クリック方式によるBM特許で、E−コマース市場をリードするアマゾン・ドット・コム社が最大のライバル企業バーンズ・アンド・ノーブル社に対する訴訟で完勝した直後から批判論は熱を帯びた。このままでは、E−コマース市場はアマゾンによって完全に支配されてしまうかもしれない。

ところがその後、批判論は急速に衰退していった。理由は訴訟に敗れたバーンズ社の意外に早い立ち直りである。敗訴後直ちに、バーンズ社は、特許回避のための設計変更に取り組んだ。ワン・クリック方式より操作が一回多いが、ツゥー・クリック方式を徹底的に使いやすく工夫すれば、アマゾンに対抗できるのではあるまいか。バーンズ社の努力は実り、顧客はツゥー・クリック方式を受け入れた。

いかに強力と見られるBM特許であっても、工夫次第で競争可能ではないか。バーンズ社の立ち直りは、BM特許に対する恐怖観念を解消した。現に米国E−コマースは両社を中心に激しい競争を展開し、市場は急速な拡張を続けている。

 特許の本質は意外性

歴史を振り返れば、ジェームス・ワットの蒸気機関に関する方法特許、トーマス・エジソンによる電気回路、近くはバイオやコンピュータ・ソフト…発明の新種が生まれるたびに、批判論議が繰り返された。だが現実は、すべての新種の特許が生き残った。新種の特許の出現により、産業は確実に活性化し、経済が成長を遂げたことに疑問の余地はあるまい。今これらの発明の特許性を論議する者はいない。

BM特許は純粋技術と無縁である意外性の故、批判の的となった。だがBM特許は生き残り国際社会に定着するものと予測される。何故なら特許の本質は意外性にあるのだから。

従って日本企業としては、先行する米国企業に対抗し、優れたBM特許の開発に長期的に取り組むことが極めて重要な課題となる。事実、多数の日本企業が、本格的にBM特許にチャレンジし始めた。ところが、先行する米国企業と比較するとき、発明の認識に関する基本的な差異が見られる。この差異の故、米国企業は常に特許の世界を支配し、逆に日本企業は立ち遅れたように思われる。

 日本企業の対応

ずばり言おう。日本の特許制度は、発明の本質を技術の進歩性に置く。これに対し、米国特許制度における発明の本質は市場の需要、つまり有用性である。具体的制度を基にこの差異を分析するとき、三つのポイントが明らかになる。

第1に、日本の特許法に従えば、発明は「技術的思想の創作のうち高度のものをいう」と定義される。これに対し、米国特許法は、発明に関する明確な定義を置かない。発明の基本的な性格を連邦憲法に求めれば、その答えは「アート」である。「アート」は、純粋技術に限られず、工芸、経理等を広く包含する。だからBM特許に対する抵抗感も希薄である。

第2に、日本特許法に従えば、特許要件の一つに「進歩性」が挙げられる。これに対し、米国特許法には進歩性の要件はない。代わって挙げられるのは、「非自明性」である。だから進歩性に拘束されず、代替技術であっても、公知技術から自明でないかぎり特許を取得することが可能となる。

        第3に、米国において特に強調されるのが「有用性」である。サイエンスが純粋技術の進歩の探求を目的とするのに対し、特許は顧客の需要に応ずることを目的とする。有用性の追求こそ、発明の原点である。

優れた発明とは、進歩を極めた技術ではなく顧客の需要を満たす技術であることを明確に認識するとき、日本企業にとって特許の世界は思いもよらぬ広がりを見せるであろう。現在、逆オークション方式に関するBM特許を中心に最も成功したと見られるプライス・ライン社の特許戦略が、市場の需要を見極めることを最大テーマとしていることは、その明白な実証である。

                                                (完)

 

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